2007/7/15 日曜日

【Direction】「できますよ」って言うこと。

Filed under: Direction — renji @ 4:23:54

えっと、僕の肩書きは「ディレクター」「Webデザイナー」「Flashの人」とかってなります。

名刺には「主任」とかって書いてます。(←会社で決められた。)

個人的には「ディレクター」とか「Webデザイナー」とかって「線引き」の材料になりそうであまり好きではないので、Web制作において「主任って何すんの?」みたいな感じが好きだったりします。部署での位置づけは「ディレクター」となるわけですが、時間さえあれば、「制作」もやれますし、Flashオーサー/Webデザイナー的動きもできますよ。というところ。

で、ディレクション業務をする上で留意していることがあります。クライアントからの要望に対して

「できます。」

と言う時はその瞬間にそのクライアントの要望を実現するために「誰にアサインして、どういう技術で、どれくらいの時間で可能か」ということが明確に見えています。逆に

「できません。」

という時は 、いろんな面で「リスク」や「デメリット」が見えています。ただ「できません。」と言う時、それだけではクライアントの要望を突き放しているだけであって、それは「ディレクター」と言うか「プロ」としてどうかと思うので「代替案」を出せるだけ提案します。「問題」や「障壁」が無く話しが進むようなことはありませんよね。そのとき、お互いの最終目標やゴールが同じだという確認が取れていれば、そこへ向けて、説明をきちんと行い、意見を出し、代替案を出しその上で双方の思いやカタチを最終目標に近づけていく議論が必要だなと思います。

「議論」というとなんだか喧嘩ごしというか相手の意見や想いを潰して自分の意見を通すように見えますが、「議論」つまり「Discussion」。なんだか語源を見ると「Dis=否定。g.d. Disconect、Dicommunicationとか」「cuss=恨む」という意味を持つ単語なので、「Discussion」とは「恨みっこなしよ」ということになりますよね。最終目標やゴールが同じことは明確にわかっていてそこへ向けての双方の意見や方法が異なっているのであれば意見をぶつけるべきだと考えています。そう「恨みっこなし」で。それこそが「Discussion=議論」であり、最もベストなゴールへ近づけると考えています。

そして僕のような立場で「できます」というジャッジを行うことは大きな意味を持ち、責任も発生するわけです。

そんなこんなで技術的にできる/できないをきちんとジャッジするためにはいろいろできる限り手を動かしてモノづくりを継続していくことは必要かなと思っております。

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